化学美術館の管理人である佐藤健太郎さんの「医薬品クライシス」を読了しました。
吸い込まれるように読み終えることができました。国内大手製薬会社に勤務していた、業界のインサイダー(しかも研究者)が著した書籍として、評価に値する良書と思いました。製薬業界スーパー初心者級のコンキチにはとても勉強になりました。
ところで、筑波大の先生が製薬業界を分析した書籍に「不確実性のマネジメント 新薬創出のR&Dの「解」」という本があります。この書籍では、ギャンブル性の高い「研究」過程は制御不可能で、「開発」過程におけるgo or no goの判断であったり、巨額の資金がつぎ込まれる臨床試験におけるプロトコールデザインの巧拙やノウハウといったものが競争優位の源泉であるということを述べていたと思うんですが、これは過去の業績を説明しているだけで、低分子医薬の新薬創成の成功確率の凋落著しい現状を考えた持続可能な解は言及されておらず、いささかプアーな内容と言わざるを得ないと思いました。あと、国内製薬会社にしか言及していない。
一方、本書はグローバルな視座からも業界全体を俯瞰しており、つい最近までインサイダー研究者であった著者だからこそ表現できるダイナミズムやインサイダーならではの情報が盛り込まれていて、非常に価値の高い本に仕上がっていると思いました。はっきり言って、面白いです。
ただ、第一章は「化学」を専攻していない人には、けっこうハイブローな内容になっているように思いました。この章でこの本を投げ出してしまう(特に文系の)人がいないことを願うばかりです。
さて、コンキチがこの本で一番エキサイトしたのは、ズバリ第五章の「迫り来る2010年問題」です。特に創薬の成功確率低下の原因への言及が、かつてコンキチが身を置いていた香料業界(合成香料)と共通する部分があるなと思いましたね。すなわち、科学技術の進歩に伴ない、創薬技術(創薬力)は大きく飛躍した。しかしながら、やりやすい領域はやり尽くされた感があり、かつ社会の安全性に対する要求の高まりによって、安全基準が厳格化し、認承自体のハードルが高くなったことに加えて、(時間も含めた)コストがますます嵩むことになったというところです。
あと、外資メガ・ファーマの国内拠点のリストラクチャリングに伴ない発生した大量の研究者の失業にも触れやれていましたが、路頭に迷った彼らは今どうしているのだろうかということが非常に気になります。この辺りは、(一応)研究者として軽く暗澹な気持ちになりましたね。
それから、成果主義が発想の芽を摘むといった内容(唯一コンキチが同意できなかった部分)が記されていましたが、それは運用の仕方の問題であって、インセンティブ設定やシステムのメンテナンスが適切でないだけと個人的には思います。
なにはともあれ、医薬というのは我々人類がお世話にならずにはいられないものであり、それについて((本書を読んで)造詣をめることは、凡百の自己啓発本を多読するよりも、人生において価値があることだと思うのは、同じサイエンスに関わる人間の贔屓目なのでしょうか?
とりあえず、製薬会社を目指している学生さんは、読んでおいて得るものこそあれ、損することはないでしょう。オススメです
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