2009年8月30日日曜日

価値の演出

コンキチが最近はまっている(B級)グルメ漫画「ラーメン発見伝」からの(個人的に)注目に値する台詞のメモです↓

モノの価値が価格を決定するだけではなく、価格がモノの価値を決定するというパラドックスが、往々にして起こりうるのだ!


この台詞が「真」だとするならば、大衆(愚民ともいう)は、自らでモノの価値を決定することができないわけだ。つまり、第三者に値付けをしてもらわなければ、大衆はモノの価値を認識できないのだ。大衆はモノの価値が分からない白痴ということだ。

ところで、上記赤字の台詞を体現するようなモノには何があるだろうか?

ANSWER
a) 骨董品 / 「なんでも鑑定団」とかで、素人はよく価値を見誤る。
b) 高級食材(料理) / see 美味しんぼ
c) あとラーメン / see ラーメン発見伝
d) 株券とか / 明らかに市場は効率的とは言い難い
etc.

根拠薄弱で申し訳ないのですが、人がその価値を適正に見積もることのできない(困難な)商品群は嗜好品に多く見られるように思います。嗜好品の代表格であるワインなどはその典型かと思いますね(シャトー・ル・パンの急激な価格高騰とか)。

(かつて)世界的なグルー(であった)大前研一は、かつてその著作の中で、ビールはコモディティだと述べた。そして、ビールの販促にはマーケティングが有効だと語っていました。ビールが嗜好品であるということに異を唱える人は(あまり)いないと思うんですが、そういった嗜好品というのは、その魅力を表す関数が人の感覚とか感性とかフィーリングといった定量化することが極めて困難(っていうか無理)なファクターによって支配されている商品群と思います。

よって定量化できないモノを評価する自信がない人は、その評価を信頼できそうな第三者に委ねることになるんでしょう。例えば、ビールを旨そうに飲む著名有名人(芸能人)とかです。ただし、その第三者というのが、必ずしも信用するに足るわではありません。実際、コンキチは金麦のCMで、壇れいに騙されました(あくまで個人的な嗜好なのであまり気にしないでください)。


モノの価値が価格を決定するだけではなく、価格がモノの価値を決定するというパラドックスが、往々にして起こりうるのだ!


この言葉を胸に留め、価格(プライシング)に踊らされないようにしたいものです。

あと、今回の座右の銘は「ラーメン発見伝 13」に書いてあります。

2009年8月24日月曜日

キリギリスでないことの証明

社会についてブツブツ文句を言う人がいます。

例えば、
うだつのあがらない零細企業のオヤジ。
就職氷河期に就職しそびれた、フリーターとかニート。
派遣切りされた人。
etc.

で、自分たちがうらぶれているのは、政治が悪いとか社会が悪いとかいう意見がマスゴミによって垂れ流されるわけです(残酷ショーは、お茶の間の視聴者にとって蜜の味だからね)。まあ、そういう人達を自己責任論のみにたよって切って捨てる気はありませんが、彼ら(彼女ら)は、ブツブツ文句をいう前に自分達がキリギリスでないことを証明すべきではないかと思います。

そう、あの有名な寓話「アリとキリギリス」のキリギリスです。

夏の間、アリたちは冬の間の食料をためるために働き続け、キリギリスは歌を歌って遊び、働かない。やがて冬が来て、キリギリスは食べ物を探すが見つからず、アリたちに頼んで、食べ物を分けてもらおうとするが、「夏には歌っていたんだから、冬には踊ったらどうだ?」と断られる。

エクセレント•カンパニーは、厳しい国際競争にさらされる中イノベーションを積み重ね、零細企業は時代の変化に対応しようとせず、なんの努力もせず思考停止で同じことを繰り返す。時は流れ、零細企業はエクセレント•カンパニーから仕事を受注しようとするが、旧態依然のカビの生えた技術しか持ち合わせていないため、下請けにしてもらえない。

東大生は沢山お勉強して自分のスキルを高め、バカだ大学生はバイトと遊びに熱中してお勉強しない。やがて就活の時期が来て、高い能力を持つ東大生は内定を沢山ゲット。バカだ大学生は企業から内定を貰えない。

企業の研究員は、研究の傍ら教科書を読んだり、論文を読んだりして日々研鑽を重ね、うだつのあがらない派遣労働者は、仕事は終わると飲み屋に向かい、余暇はパチ屋に入り浸り。企業の研究員はその地位を盤石なものとするが、派遣労働者は雇用調整の一環で契約を打ち切られる。

まあ、ここに挙げたお話は全くのフィクションですが、政治が悪い(っていうか政治に期待するのがそもそもの間違い)とか(現代)社会が悪い(ただの懐古趣味だろ)と現在の我が身の境遇に不平不満を述べている人は、少なくとも上記お話を否定するだけの事実を提示して、キリギリスではないことを証明するべきと思います。

働かざるもの食うべからず。世の中にフリーランチなんてものはそうそうあるものではないのです。

2009年8月23日日曜日

Direct Asymmetric Reductive Amination

先日、お土産に貰ったおサケを堪能しているコンキチです。


-若松 純米原種 2006年醸造純米酒 メモ-
Rating/ ★★★★★
Rice variety used/ 麹米: 雄町 (自家栽培), 掛米: 日本橋 (徳島県)
Rice polishing ratio/ 65%
Yeast/ 10号系
Alc./ 18-19%
Company/ 那賀酒造(有)
Coment/ 2006年醸造ということで、3年古酒。琥珀色のその液体は熟成が充分に進んでいて、とても旨い。濃厚な老香(好ましい)と甘美な紹興酒様の香りが鼻孔をくすぐる。味は強烈なBodyで、酸、苦、甘のバランスよく、ねっとりとした触感。荒々しくもよく練れた味の秀作。蔵は創業享保拾年 (1736年)の伝統を持つ。


閑話休題


こんな文献を読んでみました↓

Direct Asymmetric Reductive Amination
J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 11316-11317.

メルクと高砂香料の報告で、β-ケトアミドを直接不斉還元アミノ化するという論文で、この手の不斉反応はこれまでに報告例がないそうです。

で、Direct Reductive Aminationに先立ってまず最初に検討したのは、イミンの不斉還元↓


ターゲットはsitagliptin (シタグリプチン; 糖尿病治療薬;ジペプチジルペプチダーゼ4阻害)。
反応条件は、0.25 M substrate in MeOH, cat. = Ru(OAc)2((R)-dm-segphos), S/C = 200, H2 (290 psi), 80℃, 15 h, additive。

additive無しでは、2% yield (86.9%ee)で、酸の添加が必要。但し、AcOHやBzOHではdimer-likeな副生成物が生成する。


良好な酸はpKaが2程度の酸(ClCH2CO2H, salicylic acid)で、最適additiveは、salicylic acid (1 eq.) + ammonium salicylate (3 eq.)で、96% yield, 99.5%ee。

で、お次はいよいよ不斉還元アミノ化↓


0.25 M substrate in MeOH, cat. = Ru(OAc)2((R)-dm-segphos), S/C = 100, H2 (435 psi), 75℃, 7 h, ammonium salicylate (5 eq.)で、91% yield, 99.5%ee。β-ヒドロキシルアミドが<3%副生。 ammonium salicylateの役割は、エナミンへの平衡のシフトとダイマー形成の抑制と、ダイマーから目的物とβ-ヒドロキシルアミドのリリースで、その添加量が少ない(1-3 eq.)と、dimer-like byproductとβ-ヒドロキシルアミドがけっこうな量副生する。 反応過程で、基質、中間体、目的物、dimer-like byproductが共存しているんだけど、出発物質が還元されたβ-ヒドロキシルアミドの生成が抑制(<3%)されているのは驚きです。 あと、他の基質についての反応例が8つ示されています(>81% yield, >94.7%ee)。

Summaryにも書いてあるけど、アトム•エコノミカルかつステップ•エコノミカルな合成法と思いました。実用レベルで実行可能な不斉合成技術が高砂香料のキーテクだなと思う、二流大出のなんちゃって研究員なのでした。

Cygnus atratus

まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」を読了しました。久しぶりのInvestment関連書籍です。



はっきり言って面白い本で、良い読み物でした。個人的にこの本の要旨は次の一文に集約されると思います↓


白い白鳥を何羽見ようと、すべての白鳥は白いと推論することはできない。一方、黒い白鳥を一羽でも見かければ、その推論を棄却するのに十分である

要は、管理された「リスク」という考え方では、「真の不確実性」に対応できないということでしょう。思うに、金融市場を含む社会科学全般において、観察される事象の確率分布は正規分布などしておらず、その確率分布さえも分からない。よって、確率論を盲信したアプローチは有効ではないということなのだろうと思います。


それからもう一つ、この本に記載されていた面白い帰納的命題を↓
さきごろ、私はブッシュ大統領(当時)の寿命について綿密な統計的検証を行った。58年間(当時)、21,000件近いサンプルにわたって、彼は一度たりとも死んだことはなかった。それゆえに私は、彼は高い統計的有意水準で不死身であると断じるものである。


J. W. ブッシュに幸あれ!

2009年8月22日土曜日

チェーン店の掟

コンキチが最近はまっている(B級)グルメ漫画「ラーメン発見伝」からの(個人的に)注目に値する台詞のメモです↓

個人経営の店なら100点の味を出せるところを、チェーン店ではオペレーションの制約ゆえに、80点がいいところだろう。


これコンキチが常々思っていたことズバリです。

例えば、マクドナルドは、その類稀な完成度の高いマニュアルによって、素人(アルバイト)でもユニバーサル•サービスの提供を可能にします。ただし、提供商品の味は激マズ(とコンキチは感じる。20点てとこかな?ただ、モスはけっこう好きです)。

つまり、チャーン展開している店は、多店舗展開することが前提であるがゆえに、素人(膨大な数のアルバイト)でも均質な商品を提供できるシステムが採用されている。よって、職人的な味の追求は皆無。単純なオペレーションが可能で、アイテム数も限定。そして、味は、基本的に良くてセカンド•ベタークラス。

このようなことを鑑みると、ターゲットは舌バカと低所得者(~中所得者)なんだろうと思います(だからコンキチはチャーン店とかファミレスが基本的に嫌い。勿論、例外はあるが)。


そんな認識です。少なくともチェーン店に職人気質は期待できないし、期待してはいけない。あと、当然だが、全ての非チェーン店Jがチャーン店よりも満足いく(旨い)商品を提供しているわけではない。


ま、どうでもいいんですが、チェーン店にはそういった掟があるということと、ユニバーサル•サーヴィスという全国一律の信用が武器ということを消費者は重々認識すべきと思います。

あと、今回の座右の銘は「ラーメン発見伝 11巻」に書いてあります。

ネガティブ•ウォー

ゲノムの方舟というSF小説を読了しました。











お題はズバリ、


人口問題


地球人口の野放図な爆発的増加は、いずれ水や食料問題、エネルギーなどの略奪(戦争)を引き起こすと思われ、世界人口の制御が必要になる。

特に問題なのは、開発途上国の人口増加で、医療技術の供与や衛生インフラの整備に伴う少死と、文化的な理由で避妊を拒むことに起因する多産(多産少死)。

で、対策がこれ↓

a) リプロダクティブヘルス•ライツ(性と生殖に関する健康、権利)
途上国の女性の地位の向上によって人口を減らそうという最も人道的な人口抑制策。1980年代からWHOにより提唱されている。ソフト•ランディング。

b) ネガティブ•ウォー (消極的生物兵器戦争)
先端バイオ技術を使わせないことによって、大勢の人の生命や健康を奪うこと。「特許権による保護→裏薬品価格の高騰」が典型。それから、情報非公開による新薬開発の遅れがある。

c) ポジティブ•ウォー (積極的生物兵器戦争)
先端バイオ技術を駆使して、細菌やウィルスを「改良」して造った生物兵器を積極的に用いて、大勢の人の生命や健康を奪うこと。かなりのハード•ランディング。


人口問題は、人の最も基本的な権利である、人の生死を制御することに係る問題であるため、おそらく(薄っぺらい)道徳上の見地から、あまり声を大にして発言するのは憚られるのかもしれないけれど、快適な地球生活をエンジョイするためには、人口の制御というのは、いずれ必要となると思います(っていうか計画出産工作とか既に実施されている)。

地球規模でみると、あやゆる天然資源はコモンズであり、人口爆発は共有地の悲劇を引き起こす。死活問題に直面すると人間の理性なんて木っ端微塵に吹き飛ぶことは必死でしょう。


ところで、上に挙げた人口抑制策ですが、リプロダクティブヘルス•ライツは彼の国の国民を真に納得させたり、そういった機運を醸成させなければならず、対策としては時間がかかり、ヤワイ。ポジティブ•ウォー (積極的生物兵器戦争)は、はっきり言って大量虐殺だ。ネガティブ•ウォー (消極的生物兵器戦争)も褒められた策ではないけど、ネガティブ•ウォー (消極的生物兵器戦争)を軸にして、リプロダクティブヘルス•ライツとのトレード•オフ戦略で活路を見いだせないかななんて妄想しています。

それにつけても、ネガティブ•ウォーっていうコンセプトは凄いね。コンキチの心の芯にジャストミートっていくらいセンセーショナルな考え方と思った二流大出のなんちゃって研究員でした。

2009年8月16日日曜日

Framework of Redox Economy (6)

夏休み最終日。久しぶりにジョギングしたら、既に超絶筋肉痛のコンキチです。

さて、

Redox Economy in Organic Synthesis
Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 2854-2867.

のメモの続きです(最後です)。

Redox Economy in Process Research

プロセスケミストのお仕事のお話です。プロセスケミストは、ターゲットを実機で製造しなければならないので、必然的に、アトムエコノミー、ステップエコノミー、レドックスエコノミー、あとエコノミーを最大化することに注力することになります。

ということで、以下エクセレントがプラクティカル•シンセシスの紹介です。

#1 Process Studies on GW475151



Org. Process Res. Dev. 2001, 5, 37-44.


クリエイティブなisohypsicアプローチと評されている官能基化されたオキサゾールの構築法です。レドックス反応による複素環構築ではなく、出発物質に必要な酸化状態を付与し、骨格形成を通して酸化状態を移転(oxidation state transfer)させている。

#2 LY300164

左が探索合成ルートの改良版(14% overall yield)で、右がプロセスルート(55% overall yield)。

#3 BMS-180291 intermediate



最初の合成法。8 redox manipulations, 3% overall yield。最終中間体のカルボン酸の酸化レベルを出発物質の無水マレイン酸に備わっている。


プロセスルート。


それにつけても、プロセスケミストってスマートが合成ルートを考えるなあと思いますね。


Suggested Further Reading

a) cylindrocyclophane A, F
J. Am. Chem. Soc. 2000, 122, 4984-4985.

b) diazonamide A
Angew. Chem. 2003, 115, 5111-5116; Angew. Chem. Int. Ed. 2003, 42, 4961-4966.

c) tetracycline
J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 8292-8293.

d) welwitindolinone A
J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 15394-15396.

e) trichodimerol
Angew. Chem. 1999, 111, 3762-3766; Angew. Chem. Int. Ed. 1999, 38, 3555-3559; Org. Lett. 1999, 1, 1503-1504.

f) dictyodendrin B
J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 11620-11621.

g) acutiphycin
J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 15106-15107.

h) fludelone
J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 2899-2901.

i) transition metal catalyzed cross coupling, direct bond formation without the need for prior functionalization
Chem. Rev. 2007, 107, 174-238.


Putting Redox Economy to Practice

全合成にどんな風にレドックスエコノミーの考えを適用するかということですが↓

a) redox-neutralな試薬を探す
例えば、アルコールを酸化した後、還元アミノ化するオラディッショナルな2段階合成に対するIrが触媒するアルコールのtransfer reductive amination。

b) 出発物質をちょっと変えて、レドックス•エコノミーを戦略的に組み込む。
例えば、アルデヒドを出発物質にしてアリルアルコールを合成するのに対して、クロスメタセシスやアリル位の酸化を使う。

c) 官能基の最適な導入を熟慮し、保護が必要となったり、酸化状態の調整が必要となる選択性のない反応を避ける。

d) connectivityの検討、先例のない逆合成による結合切断へのチャレンジ。
こういった試みが、出発物質や目的物に酸化レベルを過度に変えることなく、合成計画を劇的にシンプルにするそうです。
psychoyrimineの全合成におけるdirect indole-aniline couplingがその好例だとか。


こんな感じのようです。

レドックスエコノミーって、(恥ずかしながら)コンキチにとってこれまでノーマークなコンセプトだったので、とても勉強になりました。レドックスエコノミーを突き詰めていくと、ステップエコノミーやアトムエコノミーの改善にもつながっていきますね。そういった意味で、レドックスエコノミーを考えることは意義が大きい。そんな風に感じました。

明日から文献読むときは、レドックスエコノミーを考えながら読むようにしようと思います。


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2009年8月15日土曜日

錬金術

なんか、二週間後くらいに衆院選挙があるらしいですね。コンキチ的にはいろいろジレンマを感じています。まあ、なるようになれってなけっこう投げやりな感じです。きっと民主党が政権を奪取するんでしょう。

マスゴミはこぞって経済政策に焦点を当てているように思うのですが、自分的には経済政策なんて余計な事やらなくて結構的な気持ちです。政治屋(官僚?)が策定する政策が産業育成の足をひっぱってきたんだ的なことを、ポーター教授や大前研一が著書にしたためてる現実を鑑みると、政府の経済(産業育成)•財政政策は期待していません。

っていうか、ドブ板選挙とか言って、政策能力には全く関係のない人気取り作戦に夢中になっている政治屋(と我々大衆=選挙民ともいう)に効率的な経済(産業育成)•財政政策を期待する気にはなりません。


前置きが長くなりましたが、コンキチが重要と思う政策は次に二つです。

一つ、国防
一つ、教育

で、今回は教育に関して書きます。

各政党、教育政策なるものをマニフェストに掲げてきましたが、自分的にはかなりガッカリです。まあ、政治家になる人の多くはエスタブリッシュメントだから(偏見?)かもしれませんが、貧乏人の気持ちが全く分かっていないような気がする。なので、貧乏人の家に生まれたコンキチ的には殆ど評価できませんね。

ここで、貧乏少年だったコンキチの考えを軽く述べさせてもらいます↓

ズバリ、究極の教育政策は

国(公)立大学の学費をムチャクチャ安くする

ことです。

コンキチが大学に入学した時分は、国立大学の入学金は二十数万、年間の授業料は四十数万で、私大よりはけっこう安いものの、かなり高くなっていた。貧乏人の家に生まれたコンキチは、当然私大への入学は不可能(だから受験しなかった)、国立大しか選択肢がなかった。しかも、浪人なんて論外だ(因に、合格後も住居は月6千円(食費抜)くらいで生活できる寮生活)。

なので、比較的廉価に高等教育を受けれる国立大の存在は、勉強(していい職に就いて経済的にそれなりに裕福になること)への猛烈なインセンティブになった(といっても言うほど勉強しなかったので二流国立大にしか入れなかった)。

まあ、腐っても国立大(の大学院修士課程)を卒業したので、おかげで今では三十代半ばで、今年の見込み年収は700万超で、少なくとも経済的に中流以上にはなれていると思う(育ちは悪いけどね)。


ハッキリ言って、教育の機会というのはチャンスだ。もし、公平に教育の機会が与えられたとしたら、貧乏人は下克上するチャンスが猛烈に高まる。

よってコンキチは国立大の授業料を限りなく安くすることを切望します。あと、私大はそんなこと全くしなくいていい。私大生への経済的支援は全く必要ないと思います。だって、バカだ大学に行ったって箸にも棒にもかからないんだから金の無駄。早大とか慶大とか理科大とかいい私大もあるけど、そんなところは金持ちの子弟が行けばいい。貧乏人は無理して私大に行く必要はないんだ。


そんなふうに思いますね。貧乏人の家に生まれた人間としては。このブログに書いたようなことが貧乏人の子弟のインセンティブを喚起すると思うな。
(っていうか、カタカナの訳分かんない学部•学科とかあって、AO入試とかいう意味不明な選抜方式を過分に採用しているバカだ私立大学って存在価値ゼロでしょ。大学(カタカナ学部•学科)は学徒の社に戻るべきだ。象牙の塔と揶揄されていた時代が懐かしい。)

貧乏人にとって、


教育は究極の錬金術だ


少なくともコンキチはそう思います。

無駄な道路の真実?

帰省シーズンの今日この頃。コンキチの家から実家までは400km以上あるのですが、一般道の走行距離は僅か2km未満。しかも、高速もおしなべて空いていて快適です。まるで、コンキチのためにあつらえたような道路達です。とまあ、いかにも帰省する気満々なイントロですが、今シーズン、コンキチは一人お家で(悠々自適な)お留守番です。

さて、コンキチの帰省ライフがこんなにも快適なものになっているのはどうしてかというと、それは一重に無駄な道路のおかげです

コンキチの実家は、人口1万人にも達せず、電車が通るが止まらない(駅がない)といった過疎の街です(最近合併され「市」になりました)。なので基本的に実家周辺(半径40kmくらい)の一般道は(ほぼ)常にすきすきです。それなのに、過疎地の近傍に高速ができた。一般道が空いてるんだから、当然、高速は渋滞知らず。そして、無料区間が30-40kmくらい?あって、市街地に車で移動するのに非常に重宝します。余談ですが、数年前にできたイオン(このイオンのせいで、駅周辺の商店街はシャッター通りと化し、WBSに取り上げられました)のすぐ脇にインターがあって便利この上ありません。まあ、つまるところ、


典型的なムダな道路ですね



コンキチは少し前まで上述したよな非効率で「ムダ」な事業はなくしていくべきなんてことを思っていました。しかしながら、果たしてそうなのかと最近思います。というのも、非効率的なものを排除し、合理性を上げ、効率を追求していくと生産性が上がると思います。で、生産性が上がると、単位アウトプット当たりの人員(雇用)が減少していく。

合理化にともない必要なくなった人員(雇用)を、その事業の拡大であったり、新規事業を含めた他の事業で吸収できれば問題ないのかもしれないが、それが不可能な場合は、


合理化により雇用が縮小する


と思います。


ムダな道路や箱モノを造るといった非効率的な行為は、あえて生産性を下げることで雇用を確保する施策の一環なんじゃないかななんて考えています。


非効率的な労働集約的産業が雇用維持には必要なのだ


なんてことを妄想する二流大出のなんちゃって研究員なのでした。

タイムマジック

前回(see http://researcher-station.blogspot.jp/2009/08/blog-post_02.htmlに続いて、最近ハマってる「ラーメン発見伝」からの心にとまったフレーズを紹介します。

で、今回のお言葉はコチラ↓

第二弾

「1時間が30分より長いとは限らない」。
by 芹沢達也 (「ラーメン発見伝 7」)

これは飲食店における客の待ち時間に関する文脈ででてきます。具体的にどういうことかというと↓

ファミレスの接客マニュアルにはこういうのがあるそうです。
一つ、「客の回転が良過ぎて厨房の作業がオーダーに追いつけなくなった場合、客が帰ったテーブルの食器類はあえて片づけないようにせよ」
一つ、「そして、新規の客はテーブルに案内せず、厨房が立ち直るまで、待ち合いスペースで待たせるようにせよ」

客の心理として、店の外や待ち合いスペースで待っている間は自分はまだ客ではないと考えるそうです。
一方、いったん客席に通されると、客としての自覚が喚起され、なんのサーヴィスもされすにほったらかしにされるのは不愉快という気持ちになる。


こういうことなんだそうです。


ちなみに自分、学生時代に某飲食チェーン店(東証一部上場)でバイトしていたことがありますが、上記マニュアルはありませんでしたね(もう13年くらい前の話かな?)。まあ、だから赤字垂れ流しているのかもしれませんが。