1945(昭和20)年、敗戦の間際に母、姉とともに当時住んでいた羅南(現在の北朝鮮・咸鏡北道清津市)を脱出、決死の朝鮮半島逃避行を経て、 日本へと引き揚げてきた著者(擁子)自身の体験を綴った自伝的小説です。
この本がボクに教えてくれたことは、当時の朝鮮半島には親日的な朝鮮人と反日的な朝鮮人がいたこと。親日的な朝鮮人は日本人に良くしてくれるが、反日的朝鮮人の中でも特に抗日パルチザンは節操がなく、民間人(日本人)を蹂躙することを全く厭わず、略奪の限りを尽くし、年頃の女性と見るや強姦を試みたということ。そして抗日パルチザンは親日的な同胞に対しても殺戮・略奪を厭わなかったこと。さらに、終戦後、"南側"の民間朝鮮人も日本人女性を隙あらば強姦していたことです。
レイプ狂の反日的な朝鮮人の脅威から身を守るため、擁子(11歳)と姉の好(16 歳)は髪を短く切り、男子の装いで彼ら朝鮮人レイプマンを欺いていました(さらに好は、胸をさらしできつく巻くことで防衛していた)。本書の中で、好は抗日パルチザンから1度、民間朝鮮人から1度の計2度レイプの危機に瀕し、その都度なんとか危機を脱することができましたが、無理やり犯されて泣き叫ぶ他の日本人女性の描写がいくつか綴られています。
see→二日市保養所
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ところで、本書は1986 年にアメリカで刊行後、数々の賞を受賞し、アメリカの中学校の教材(副読本)として採択されたと言います。また、著者は1998年のボストン図書館が最も推奨する児童文学者(Literary Lights for Children)に選ばれ、ガンジーやマザー・テレサ、ダライ・ラマも受賞したというピース・アビー(平和のための修道の家)の賞も受賞しているそうです。こんなにも評価の高い本にもかかわらず、原書の出版から邦訳版が出版されるのに27年もの歳月を要したのはいったいどういうことなのでしょう。ボク的には、なんらかの悪意があったと思わざるを得ません。だって違和感ありありでしょ。
最近、旧日本軍の従軍慰安婦の強制連行問題が大衆の耳目を集めたりもしたようですが、明確な証拠もなく、曖昧な証言しかしない(辻褄があってない)被害者と称する輩の証言を鵜呑みにし、「私が悪うございました」と盲目的に謝罪する姿勢は、事なかれ主義であると軽蔑の譏りを受けるのみならず、嘘つきの駄々っ子プレイを助長する極めて無責任な行為であるということを自覚すべきではないかと思います。
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最近、旧日本軍の従軍慰安婦の強制連行問題が大衆の耳目を集めたりもしたようですが、明確な証拠もなく、曖昧な証言しかしない(辻褄があってない)被害者と称する輩の証言を鵜呑みにし、「私が悪うございました」と盲目的に謝罪する姿勢は、事なかれ主義であると軽蔑の譏りを受けるのみならず、嘘つきの駄々っ子プレイを助長する極めて無責任な行為であるということを自覚すべきではないかと思います。
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「竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記」の発売日が迫っています。
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