2008年1月3日木曜日

Preferential Sublimation

久しぶりに文献を読んでみました。読んだのは

Phenomenon of Optical Self-Purification of Chiral Non-Racemic Compounds
J. Am. Chem. Soc., 2007, 129, 12112-12113.

光学純度が一方に偏ったキラル化合物を昇華すると、光学純度が高まるという話です。

これまでに昇華による光学分割現象に関する報告例は以下に示す報告しかないそうです↓

1) G. Pracejus, Liebigs Ann. Chem., 1959, 622, 10.
光学純度の偏ったフェニルアラニン誘導体を昇華したところ、昇華前よりも高いeeのモノが得られた。

2) H. Kwaet, D. P. Hoster, J. Org. Chem., 1967< 32, 1867.
光学純度の偏った α-メチルベンジルフェニルスルフィドを減圧乾燥したら、上記文献と同様の現象が観察されたそうです。

3) D. L. Garin, D. J. C. Greco, L. Kelley, J. Org. Chem., 1977, 42, 1249.
光学純度の偏ったマンデル酸とカンファー酸のpreferential sublimation (優先昇華とでも訳すのでしょうか?)の報告。

4) U.-I. Zahorszky, H. Musso, Chem. Ber., 1973, 106, 3608.
同位体でラベルしたフェニルエチルアミンの塩酸塩とマンデル酸の質量分析において、ラセミ体よりもエナンチオマーの方が優先的し昇華するという報告。

5) H. Fales, G. J. Wright, J. Am. Chem. Soc., 1977, 99, 2339.
同位体でラベルした酒石酸
の質量分析において、ラセミ体よりもエナンチオマーの方が優先的し昇華するという報告。

6) M. Farina, J. Chem. Soc., Chem. Commun., 1987, 1121. & G. L. Perlovich, S. V. Kurkov, L. K. Hansen, A. Bauer-Brandl. J. Phaem. Sci., 2004, 93, 654.
エナンチオマーとそのラセミ体の昇華に関する理論的考察。後者はイブプロフェンに関する論文で、タイトルは、「Thermodynamics of sublimation, crystal lattice energies, and crystal structures of racemates and enantiomers of (+)- and (±)-ibuprofen」です。

で、本報で著者らが報告しているのは、「単一のエナンチオマーよりも昇華速度の速いラセミ結晶を形成する化合物」です。で、その化合物はα-トリフルオロメチル乳酸です。





74%eeのモノをバイアルに入れて放置していたら、蓋に35%eeのモノが付着していて、底の結晶の純度は81%eeにアップしていたそうです。

この結果をうけて、80%eeのサンプルをオープンエア、室温に放置して光学純度の経時変化を観察したところ、56.5 hr後には>99.9%eeにまで光学純度が濃縮されました(Fig.)





結晶学的アプローチから以下のことが明らかに↓

●ラセミ結晶
密度 1753
融点 88℃
(R)と(S)体のエナンチオマー間で2つの水素結合を介したヘテロキラルダイマーを形成。それぞれのエナンチオマーは隣接するダイマーとさらに2つの水素結合を形成。結晶層間のトリフルオロメチル基は、エナンチオマー結晶のそれより近接している。フッ素原子とトリフルオロメチル基との最も短い距離は2.909Å(フッ素原子のvan der Waals半径1.47Åの和よりも短い)と3.005Å。

●エナンチオマー結晶
密度 1719
融点 110℃
それぞれの分子が他の4つの分子に対する4つの水素結合を形成してジグザグに配列。フッ素原子とトリフルオロメチル基との最も短い距離は3.032Åと3.110Å。

融点の高低からラセミ結晶よりもエナンチオマー結晶の方がより安定であることが示唆されますが、密度はラセミ結晶のほうが大きい(Wallah's rule)。確かにラセミ結晶の方が蜜に充填しているようだが、隣接する分子のトリフルオロメチル基のF-Fの静電反発により不安化が示唆される。また、水素結合ネットワークの堅牢度はエナンチオマー結晶の方が大きいのかな?(コンキチは英語が苦手なのであんまり自信ありません)。

自分、学生時代の専門は「光学分割」だったのですが、はっきり言って昇華による直接的なエナンチオマーの分離はノーマークでした。恥ずかしいです。

本論文は、ラセミ結晶の方が優先的に昇華されるというのがはじめてのようですね。

ところで、この論文で取り上げられたα-トリフルオロメチル乳酸ですが、著者らのこれまでの研究から、アキラル条件下での(液体)クロマトグラフィーによる分離において分割現象が発言した模様です(Angew. Chem. Int. Ed., 2006, 45, 766. J. Fluor. Chem., 2006, 127 597. Chim. Oggi/Chem. Today, 2006, 24, 44.)。

化学ってホントに奥が深いですね。

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