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2010年4月30日金曜日

須磨久義の言葉

メディカル•エンターテインメントの旗手、海堂尊のノンフィクション小説「外科医 須磨久善」を読みました。この著作の主人公である須磨久義先生は日本で初めてバチスタ手術を成功させ、それをより完成度の高い術式へと進化させた「神の手」の異名を持つ天才外科医です。そして、海堂氏の出世作であるチームバチスタは、彼にインスパイアされたものなのです。

で、この本では、須磨久義先生の挑戦につぐ挑戦、フロンティアを切り開こうとするアグレッシブな歩みが力強く綴られています。はっきり言って、コンキチは須磨先生に本物をみました。そんな須磨先生の発した以下の言葉にコンキチは引きつけられたんですが、折角なのでメモしてみます↓

<引用開始>
自分の力を思う存分発揮できる最高の舞台がほしくなる。役者でも歌手でも、最高のパフォーマンスは、自分を引き立ててくれる素晴らしい環境でやりたいと考えるのは自然なことです。
<引用修了>


どうですか、皆さん。スーパー凡才級のコンキチでさえ上の言葉に猛烈なシンパシーを覚えました。

やっぱ、人って奮い立たなきゃなって思う二流大出のなんちゃって研究員なのです。

2009年8月30日日曜日

価値の演出

コンキチが最近はまっている(B級)グルメ漫画「ラーメン発見伝」からの(個人的に)注目に値する台詞のメモです↓

モノの価値が価格を決定するだけではなく、価格がモノの価値を決定するというパラドックスが、往々にして起こりうるのだ!


この台詞が「真」だとするならば、大衆(愚民ともいう)は、自らでモノの価値を決定することができないわけだ。つまり、第三者に値付けをしてもらわなければ、大衆はモノの価値を認識できないのだ。大衆はモノの価値が分からない白痴ということだ。

ところで、上記赤字の台詞を体現するようなモノには何があるだろうか?

ANSWER
a) 骨董品 / 「なんでも鑑定団」とかで、素人はよく価値を見誤る。
b) 高級食材(料理) / see 美味しんぼ
c) あとラーメン / see ラーメン発見伝
d) 株券とか / 明らかに市場は効率的とは言い難い
etc.

根拠薄弱で申し訳ないのですが、人がその価値を適正に見積もることのできない(困難な)商品群は嗜好品に多く見られるように思います。嗜好品の代表格であるワインなどはその典型かと思いますね(シャトー・ル・パンの急激な価格高騰とか)。

(かつて)世界的なグルー(であった)大前研一は、かつてその著作の中で、ビールはコモディティだと述べた。そして、ビールの販促にはマーケティングが有効だと語っていました。ビールが嗜好品であるということに異を唱える人は(あまり)いないと思うんですが、そういった嗜好品というのは、その魅力を表す関数が人の感覚とか感性とかフィーリングといった定量化することが極めて困難(っていうか無理)なファクターによって支配されている商品群と思います。

よって定量化できないモノを評価する自信がない人は、その評価を信頼できそうな第三者に委ねることになるんでしょう。例えば、ビールを旨そうに飲む著名有名人(芸能人)とかです。ただし、その第三者というのが、必ずしも信用するに足るわではありません。実際、コンキチは金麦のCMで、壇れいに騙されました(あくまで個人的な嗜好なのであまり気にしないでください)。


モノの価値が価格を決定するだけではなく、価格がモノの価値を決定するというパラドックスが、往々にして起こりうるのだ!


この言葉を胸に留め、価格(プライシング)に踊らされないようにしたいものです。

あと、今回の座右の銘は「ラーメン発見伝 13」に書いてあります。

2009年8月22日土曜日

チェーン店の掟

コンキチが最近はまっている(B級)グルメ漫画「ラーメン発見伝」からの(個人的に)注目に値する台詞のメモです↓

個人経営の店なら100点の味を出せるところを、チェーン店ではオペレーションの制約ゆえに、80点がいいところだろう。


これコンキチが常々思っていたことズバリです。

例えば、マクドナルドは、その類稀な完成度の高いマニュアルによって、素人(アルバイト)でもユニバーサル•サービスの提供を可能にします。ただし、提供商品の味は激マズ(とコンキチは感じる。20点てとこかな?ただ、モスはけっこう好きです)。

つまり、チャーン展開している店は、多店舗展開することが前提であるがゆえに、素人(膨大な数のアルバイト)でも均質な商品を提供できるシステムが採用されている。よって、職人的な味の追求は皆無。単純なオペレーションが可能で、アイテム数も限定。そして、味は、基本的に良くてセカンド•ベタークラス。

このようなことを鑑みると、ターゲットは舌バカと低所得者(~中所得者)なんだろうと思います(だからコンキチはチャーン店とかファミレスが基本的に嫌い。勿論、例外はあるが)。


そんな認識です。少なくともチェーン店に職人気質は期待できないし、期待してはいけない。あと、当然だが、全ての非チェーン店Jがチャーン店よりも満足いく(旨い)商品を提供しているわけではない。


ま、どうでもいいんですが、チェーン店にはそういった掟があるということと、ユニバーサル•サーヴィスという全国一律の信用が武器ということを消費者は重々認識すべきと思います。

あと、今回の座右の銘は「ラーメン発見伝 11巻」に書いてあります。

2009年8月15日土曜日

タイムマジック

前回(see http://researcher-station.blogspot.jp/2009/08/blog-post_02.htmlに続いて、最近ハマってる「ラーメン発見伝」からの心にとまったフレーズを紹介します。

で、今回のお言葉はコチラ↓

第二弾

「1時間が30分より長いとは限らない」。
by 芹沢達也 (「ラーメン発見伝 7」)

これは飲食店における客の待ち時間に関する文脈ででてきます。具体的にどういうことかというと↓

ファミレスの接客マニュアルにはこういうのがあるそうです。
一つ、「客の回転が良過ぎて厨房の作業がオーダーに追いつけなくなった場合、客が帰ったテーブルの食器類はあえて片づけないようにせよ」
一つ、「そして、新規の客はテーブルに案内せず、厨房が立ち直るまで、待ち合いスペースで待たせるようにせよ」

客の心理として、店の外や待ち合いスペースで待っている間は自分はまだ客ではないと考えるそうです。
一方、いったん客席に通されると、客としての自覚が喚起され、なんのサーヴィスもされすにほったらかしにされるのは不愉快という気持ちになる。


こういうことなんだそうです。


ちなみに自分、学生時代に某飲食チェーン店(東証一部上場)でバイトしていたことがありますが、上記マニュアルはありませんでしたね(もう13年くらい前の話かな?)。まあ、だから赤字垂れ流しているのかもしれませんが。

2009年8月2日日曜日

「真実とは何か?」なんていうこと

先日、COSTCOに行ってきました。で、戦利品です↓

久保田 千寿 1.8L ¥2,978 JPY
呑んでみた感想↓
ca. 5℃だと、淡麗、fruity、苦、水をイメージさせる淡麗さで☆☆☆
もう少し温度が上がると、香りが少し経ち、bodyと酸味が増すとともに生臭さを感る。かな。

あと、もう一つの戦利品ね↓





スターバックス フレンチロースト ¥2,628 JPY

1.13 kg入りでかなりデカいです。

それにつけても、戦利品にはそこそこ満足しているものの、超混みでしたね。しかも、会員じゃないと入店できないし(カミさんが事前に入会していた。ちなみに有料)。帰りにはレシート見せなきゃいけないし。コンキチはもう行くことはないかと思います。車運転してる時間とか混雑に巻き込まれることを考えたら、ネット通販ですませた方が全然便利だな、自分は。


閑話休題


最近、とある(B級)グルメ漫画にはまってます。具体的には「ラーメン発見伝」という漫画で、けっこうマニアック系な漫画かと思います。


余談ですが、コンキチはグルメ漫画が好きで、

美味しんぼ (全102巻コンプリート)
ソムリエ (コンプリート)
ソムリエール (既刊全巻GET)
夏子の酒 (コンプリート)
BAR レモンハート (既刊全巻GET)

っていう感じです。

まあ、グルメ本(漫画)が少し好きなだけで、食に関する専門知識がある訳でもなく、常人よりも優れた味覚(嗅覚)を持っているわけではありませんが、極力無作為に他人の意見に流されないように気をつけれはいるつもりです。

で、コンキチが新たに蒐集しはじめた「ラーメン発見伝」は純粋なラーメン漫画ですが、その作中で語られる言葉には「真理」的なものがあるよいうに感じました。しかも、食材をラーメンに特化させているためかグルメ漫画の巨人「美味しんぼ」よりもツッコミがDEEPで、安っぽい左翼思想もなく、鋭い洞察もあるとけっこうコンキチは評価しています(勿論、100%全てを評価しているわけではなく、コンキチの考えと相反することもある)。

ということで、コンキチが「ラーメン発見伝」の作中でピックアップした「真理」的なものを、座右の銘としてメモしていこうかと思います。

第一弾



客はラーメンを食ってるんじゃない!!
情報を食ってるんだ!



美味しんぼに例えると、商社勤めの傍ら独立を目指し、夜ラーメン屋台を引く味覚鋭敏な主人公(藤本浩平)に対して、海原雄山的存在である繁盛ラーメン店店主である芹沢達也の台詞です。

コンキチはこの台詞にもの凄くシンパシー感じました。

以前コンキチは香料会社で働いていたんですが、その会社の同僚達の感性は、「愚鈍」の一言。飲み会と言えば、スーパードライのトリビーという体たらく。山葵は醤油に溶かしちゃうし、長期熟成の紹興酒を砂糖いれてあつあつで飲もうとしたりと、味覚以前に何も考えてないんだよね。職業柄感性が重要と思うんだけど、笑っちゃうくらい何も考えてない。

で、そういう味の分かってない人間は、極論すれば何食ってても一緒なんだね。典型的なのが、タバコすいながら飯を食って、うまいの不味いのと言う輩。っていうか、ヤニと一緒に料理を食う時点で味覚音痴確定でしょ。完璧、情報に踊らされてるバカですね。ヤニと一緒に飯くって旨い訳ないだろ!!!!!

まあ、食い物に限ったわけじゃなく、世の中には、本当は何も解かってないのに、分かった口ぶりでいっちょまえに自分は解ってるんだよ的口ぶりな輩が数多く存在するように思います(あと、森永卓郎や多くの政治家のような確信犯もいますね)。そうならないように自らを戒めていきたいという感じです。

今回の「客はラーメンを食ってるんじゃない!!情報を食ってるんだ」という「真理」は、大衆は真実ではなく、耳当たりのいいフレーズを盲信したがるというふうに換言できると思うのです。

折しも、選挙戦が刻々と近づいてきつつある今日この頃、そういった事に注意して物事を判断していきたいものです(といっても、選択肢は限定。両方ともダメダメ。っていうか、全ての政治家は人が悪いっていうか、少なくとも我が国でまともな人間は好んで政治家にはならないと思う)。

あと、今回の座右の銘は「ラーメン発見伝 1巻」に書いてあります↓





2008年4月21日月曜日

改革は細部に宿る

改革でも会社でも政治でも地域社会のことでもなんでもいいんですが、

正しいことを言うことはわりかし簡単と思います。

例えば、「無駄な道路は造らない」なんていうのは、それ自体正しいと思います。しかも、皆賛成する。でも、

1) 無駄な道路の定義は?計測方法は?誰が判断するの?
2) 基本的に道路を造って不便になるということはない。(程度の差はあるが)利便性は確実に向上する。だから、全く役に立たない道路というのはありえない。
3) 自分の住んでいるところに建設予定の道路を「無駄」という人はいないでしょう。

っていう感じであらゆる自治体では、

無駄な道路をつくるのはいけないよね。でも、俺たちの街につくる道路は必要不可欠なんだよ。住民の利便性が向上するし。

ってな主張に終始して終わっちゃうような気がします。

コンキチの実家の目と鼻の先に高速道路のインターが出来て、個人的に凄く便利になったけど、はっきりいっていつも空いてるし、費用対効果を考えたら、完璧にムダな道路だと思うな。

あと、

学校教育の充実とか老齢者の医療の拡充とか(経済的)弱者の救済とかも正しいと思う。その全ての政策を実行に移すべきとも思います。但し、無尽蔵に金があればの話だけど。実際、資源は限られていて、トレードオフを迫られるのは必定。なんでもかんでも全てを救済してたら、資金繰りがショートするのは火を見るより明らかでしょう。それから、救済にあまり力点をおいてしまうと、非救済者にフリーライドされているという不平等感が高まると思う。

ところで、

共○党とか社○党とかは、ばかの一つ覚えのように弱者救済とか格差是正とか一見耳障りのよいことばかりを主張していますが、議席数は全然増えません。超絶ナイーブな人ならだませるかもしれないけれど、ちょっと分別のある大人なら彼の政党の主張は机上の空論であるということがまる分かりだからなんだろうとコンキチは思っています。ただ正しいっぽいことを言っているだけで、具体性=「プランの細部」が全然見えないんだよね。彼らには、自分達のプランを実現するためにどれだけのコストなら支払ってもいいかということを有権者に聞いて欲しいな(支持者の間でも選好の逆転が起こる気がする)。

会社でも、ちょと偉い人はもっともらしい発言をまき散らしますが、それを具現化するためのインセンティブを用意していなかったりすることが多々あるように思います。

例えば、我が国では批判が多いかと思われる成果主義ですが、仕事の成果に応じて報いるという考え方自体は、特に間違っていないと思います。でも、成果主義と称して、(a) 降格制度が欠如していて、(b) 豊富な属人的給与と手当があり、(c) 評価基準が曖昧だったら、成果主義の賃金制度としては機能しないでしょう。細部がなおざりだらけだから。考課者(上司)と被考課者( 部下)に、真面目に成果主義に取り組もうというインセンティブが働かないんだよね。


徒然なるままに書き散らしてきましたが、ここである言葉を思い出しました。

構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌」の中で何度も連呼されたフレーズで、


改革は細部に宿る(だったと思う)
by 竹中平蔵


です。

具体的な方法論を詰める作業が計画に実効性を持たせるということで、具体案なき理想は虚像なりというやつなのだと思いました。

正しいことをただ垂れ流すだけじゃなくて、システムを細部まで設計してこそ一人前。そんな気がします。そのためには、インセンティブを効果的にシステム内に組み込むことが肝要と思うのでした。


二流大出のなんちゃって研究員の独り言なので、軽く流してくれたら幸いです。

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2008年3月29日土曜日

ナレッジとリテラシー

コンキチがWatchingしているブログにこんな言葉が↓

知っているというのと出来るというのはエベレストとマリアナ海溝くらいの差がある。

凡人コンキチも常々そう感じて生きています。

知識として情報(薄っぺらな知識)を脳ミソにストックしておくことは比較的容易と思いますが、それを腹に落とし込み、自由自在に使えこなせるようにするために、相当の熟練が必要と思います(特に凡人は)。

「天は二物を与えず」ということわざ(だったかな)がその証左だと思います。コンキチ流にこのことわざを解釈すれば、

どんなに才能豊かな人でも、そう多くの分野を生業の基盤とすることは難しいでしょう(特に関連性の少ない分野間では)。我々凡人はなおさらです。例えば、現在の生業をこなせるようになるまで、どれだけの歳月を費やしたことか?

コンキチの場合は有機化学の極々小さい一分野を生業としていますが、初等教育から始まって、高校で化学を選択して、大学と大学院で6年間有機化学の勉強をしてはじめて有機化学を生業とすることを許されるスタートラインに達しました。さらに生業といえるまで専門性を深化させるまでには、さらなる歳月が必要となるのです(ちなみにコンキチは会社で10年仕事に携わって年収たったの560万です)。

それから、表層的な知識だけだったら書籍を鬼の様に読むだけでインプット可能かもしれませんが、実務経験(っていうか実験)を介してしか入手しえない新たな知識であったり、知恵というものがあるように思います。なので、知識とそれを使いこない能力の相互のフィードバックだけが、ナレッジとリテラシーの相互深化を促進させるのではないかと考えるのです。

ナレッジだけではリテラシーは深まらず、リテラシーの深化なくては新たなナレッジは想像され得ない。

以上、二流大出の凡人研究員の寝言でした。


2006年12月8日金曜日

サラリーマン処世術

「さからわず いつもニコニコ 従わず」
by 初芝電算(株) 新入社員 亀淵(だったと思う)

イブニングで連載している「ヤング島耕作」中ででてきた台詞。

この言葉を初めて目にしたとき、頭を雷に打たれてような気持ちになりました。

だって、言い得て妙ですから!

そもそも、上司という存在は(例えば、有機化学とかの世界だったら)、既にロートルなんですよね(コンキチの勤務する会社では)。

理由↓
a) もうオペレーションからは足を洗ってる訳だし、(本人による)リアルな発見はもうない
b) 年中忙しい症候群にかられていて、ちゃんと(有機化学の)勉強してますか(管理職じゃないけどコンキチはしてない)
c) 過去の実績がそれなりに認められて現在のポジションにいるわけなんでしょうが、それゆえ過去の成功体験に思考が引きずられて、新しい着想がでてこない。枕詞は「経験を積めば.....」。(経験だけじゃサイエンスとはいえませんよ)

なんていうことがとりあえず頭に浮かんできます。

奴らは管理職(マネージメントをまともに勉強したことがあるのかは定かではない)なので、ザコキャラ(部下)に色々と(ロジックが破綻している)指令を出す訳です。

で、今回の「座右の銘」はそんな時に効果的なんですよね。

1) さからわず→命令に従った(フリ)ということ
2) いつもニコニコ→(いかにも)上司の言うことは全くもってその通りですよ(というフリ)
3) 従わず→上司に(訳の分からない)注意されたら、「以後、気をつけます」「はい、分かりました」ととりあえず言っておく(だけ)

↑こんな感じで。

それにつけても、俺ってホントに心が病んでるなあと思う今日この頃の二流大卒のなんちゃって研究員でした。

2006年11月29日水曜日

幸せってなんだっけ

細木数子が嫌いなコンキチです。

さて本ブログにおいて、日頃の愚痴だけではなく、コンキチの心に残ったフレーズについても言及していこうかと思います。
で、第1回目の言葉はこれ↓

「幸せっていうのは他人を羨まないことだろう」
by 盛田昭夫
(「小説 盛田昭夫学校」より)

誰もが切望してやまないもの。それが「幸せ(な人生)」なんだとコンキチは思います。そして、この言葉は「幸せな生き様とは何ぞやら」という問いに対する一つの解なんだろうと思います。

出典の「小説 盛田昭夫学校」を読んだのは結構前なので、どういった文脈ででできた言葉かは失念してしまったのですが、ソニーの偉大な創業者である盛田昭夫の素朴(とコンキチは感じた)な言葉が胸に響いてなりません。はっきり言って何故か涙がこぼれてしまいました。

他人を羨まないという境地とはどんなものなのか?シンプルなんだけれど、決して単純ではないと思います。

我々が住むこの世界では、上を見ればきりがなく、下をみてもきりがない。飽食の我が国「日本」に生を受けた我々日本人は、存在自体が全世界的にみれば圧倒的に恵まれた存在であるといって良いでしょう(国内における格差なんてハナクソです)。それでも犯罪は絶えず、モラルは喪失し、差別や欺瞞は無くならず、絶えず何かに渇望していような気がします。

物質的には十分恵まれているはずなのに、いったい何が足りないというのか?あんたはビル・ゲイツやウォーレン・バフェットになりたいわけ?

追求してみたいです。羨まない人生を。