とある化学の超ガテン系

実験嫌いの実験化学者が綴る企業の研究員の日常 (このブログはMac OS Xに最適化されています)




Sunday, August 5, 2012

実験経済学の誤謬 (Super Freakonomics)

Super Freakonomics」の感想メモの続きです。

実験経済学に関する、ジョン・リスト(シカゴ大教授, 経済学者)の仕事が紹介されています。

実験経済学(実際の人間を被験者にして実験室のなかで経済理論を検証する)っていうっていう学問分野があります。実験から経済理論を検証できるなんてちょっぴり魅力的な感じがしますが、「実験室での発見がいつも現実にも当てはまるとは限らない」ということを述べています。

すなわち、実験室での実験には幾つかのバイアスがかかっているということです。以下、どのようなバイアスがあるか列挙↓

(1) 選択バイアス
大学の実験室で学生を対象にした実験は、「研究に参加すると自主的に申し出て、調査員とその後会い続ける大学2年生に絞った科学」にしかならないという指摘がリスト以前にもあったようです。また、自主的に申し出てくる人達は、「科学のお役に立ちたい連中」であることが多く、申し出ない人達に比べて、認められたいという欲求が強く、権威主義的ではないう。

(2) 監視
監視が与える影響は強い。例えば、パトカーが近傍を通りかかったときのドキリとしたり、監視カメラの存在を気にしたことはないだろうか?
実験をやっている教授は裏手にいて出てこないかもしれないが、参加者がどのような選択をしたか記録している。誰かが見ている前でセコイまねはしたくないというバイアスがかかる。
人間の目の写真を置いておくだけで、同僚(教授たち)が休憩室にある飲み物代を入れる箱への入金額が3倍知覚になった(ニューカッスル・アポン・タイン大, メリッサ・ベイトソン(心理学)が行った実験)

(3) 文脈
人間の行動は「インセンティヴ、社会規範、判断の枠組み、過去の経験から拾ってきた教訓の組み合わせ」に左右される。
人間が実際やっているように行動するのは、具体的な状況の下で与えられた選択肢とインセンティブに対して、そういう行動をするのが一番得るものが大きいろ思うからでる。実験室という文脈は避けようも無く人工的で、実験者の意図に誘導されてしまう。スタイン・見るグラム(イェール大)の電機ショックの実験やフィリップ・ジンバルド(スタンフォード大, 1971年)の監獄実験などが例として挙げられている。


以上のような実験経済学に係るバイアスを著者は指摘しています。まあ、(社会科学の)実験が全てこのようなバイアスに支配されていて全くの無価値であるとは 思いませんが、社会科学実験を咀嚼するに当たっては、心に止めておきたい指摘と思いました。

続く.....

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