とある化学の超ガテン系

実験嫌いの実験化学者が綴る企業の研究員の日常 (このブログはMac OS Xに最適化されています)




Saturday, May 9, 2009

衆愚の意思決定プロセス

最近腹回りが気になる中年のなんちゃって研究員のコンキチです。なので、先日から腹筋をはじめました。軽く筋肉痛です。

閑話休題

大人になると、子供の頃にはさっぱり興味のなかった「The 政治」に多かれ少なかれ興味を持つようになります。まあ、子供時代は所得税とか住民税とか社会保険料とかをAutomaticallyに搾取されないし、部活で忙しいからね

で、政治について考えるようになった社会人コンキチは、何年か前に小室直樹(だったかな)の本を読んだのですが、その中で

a) 民主主義とは衆愚の意思決定プロセスである
see http://ja.wikipedia.org/wiki/衆愚政治
see http://ja.wikipedia.org/wiki/哲人政治

b) 独裁は民主主義からも生まれる
独裁者としての悪名高いヒトラー(政治的手腕と経済政策は天才的と言われる)は、国民の絶大な支持を得て独裁者となった。独裁者とは民衆によって造られるものなのだ。

c) 米大統領選は独裁者を作り出さないプロセスである
米大統領選は、そのキャンペーンが長期に渡って展開されるが、それは民主主義が独裁者を作り出さないためのシステムだという。選挙期間を長くとり、ネガティブ•キャンペーンなんてやった日には、そんなに魅力的な候補者であっても、彼(女)は成人君主ではなくなり、そのカリスマ性も半減す。結果、独裁者となり得るほどの国民的人気は得られない。

的なことが書いてあったような気がします。

もし、絶大なカリスマ性をもった完璧な哲人がいたとしたら、その人物に独裁させるのが、最も効率的で優れた意思決定を行うことができるかもしれません。しかしながら、世は分業の時代。独裁者が全てを正しく効率的に意思決定を下すには世の中は複雑になりすぎたと思います。人間が人間である以上、完璧な哲人は存在し得ないのは明白でしょう。とすると、我々の選択肢は、立ち直れなくなるかもしれない大ポカをやらかす可能性のある独裁よりも(独裁者足り得る才能を持った人材の安定供給の問題もあると思う)、愚鈍な民主主義の方がまだマシということなんだろうと個人的に思います。

国を例に挙げると、国会議員は国家全体最適をしなければならない(多分)。で、国会議員は比例代表もあるけど、地方(部分)から選出される。議員は地方(部分)に意向を担っているのだ。TOC (Theory of Constrain)は部分最適は全体最適を阻害することを示している。国政も正にその通りなのだろう。地方の利益が国家全体の利益とならないのだ。


なんてことコンキチは妄想しています。


以上、自分が国家に期待するもので最もプライオリティ-が高いには安全保障と思って、仕方なくダメな自民党に清き一票を投じている二流大出のなんちゃって研究員なのでした。

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