2010年2月7日日曜日

定期昇給という丁稚システム

最近、労組は定昇維持にやっきなようですね。なんかププッて感じです。そもそも、毎年、存在する(在籍している)だけで給料が一様に増えていくというシステムは正常なのだろうか?

このシステムは、スタートは皆雑巾がけからという丁稚奉公に似ているようにコンキチには思えます(丁稚システムについては、その実際を知らないのでイメージです)。

つまり、最高学府で学んでも、(古典的な日本的)企業では、雑巾がけからはじめなければならないということ。で、雑巾がけから、お使いとかを経て少しづつステップアップしていくんですよ。

このシステムは、発展上にあり、目指すべき先行者が存在する社会では有効な戦略だったのかもません。だって、先行者の真似すればいいんだから、突出した頭脳なんて、そんなの関係ねえ。何も考えずに、人海戦術でスクラムくめる人材が必要なのだ。

しかし、機械化が進み、社会が成熟し、自らが新たな発想で新たな価値を切り開いていくことが要求され社会では、才能をスポイルする丁稚システムは要求されるタスクを十分にこなすことができないかもしれない。

だた、既成のシステムの中で、一個人が丁稚システムを打倒するのは難しいと思う。なんの努力や研鑽などしなくても、存在しているだけで、オートマティカリーに給料が上がっていくシステムには、凡人にとっては贖い難いものがある。

しかし、労働と賃金の関係を真剣に考えれば考えるほど、定期昇給といったシステムを合理的に説明することは困難なように思います。つまり、昇給分だけアウトプットも定期的にあがっていかなければならないわけです。そして、破壊的イノベーションや人事異動によって、自らが保有するスキルが陳腐化したり、無価値なものになった場合にその労働-賃金ギャップは最大化する、しかも決定的に。

よくサヨク系政治団体は、正規・非正規労働の文脈で、同一労働同一賃金なるものを声高に叫ぶことがあるけれど、もしそれを真に具現化しようと思うのならば、所謂正社員の、職種やアウトプットにかかる根本的な労働条件を抜本的に見直していかないいけないことになるんだろうと思います。しかしながら、定期昇給の恩恵を十二分に浴びてきた非熟練労働者にとっては、その既得権益に対して大鉈が振るわれることになるかもしれず、その場合、大きな抵抗が生じるでしょう。人は公正・公平といったものよりも、現状維持や既得権といったものを重んじる生き物だから。

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