とある化学の超ガテン系

実験嫌いの実験化学者が綴る企業の研究員の日常 (このブログはMac OS Xに最適化されています)




Saturday, August 15, 2009

錬金術

なんか、二週間後くらいに衆院選挙があるらしいですね。コンキチ的にはいろいろジレンマを感じています。まあ、なるようになれってなけっこう投げやりな感じです。きっと民主党が政権を奪取するんでしょう。

マスゴミはこぞって経済政策に焦点を当てているように思うのですが、自分的には経済政策なんて余計な事やらなくて結構的な気持ちです。政治屋(官僚?)が策定する政策が産業育成の足をひっぱってきたんだ的なことを、ポーター教授や大前研一が著書にしたためてる現実を鑑みると、政府の経済(産業育成)•財政政策は期待していません。

っていうか、ドブ板選挙とか言って、政策能力には全く関係のない人気取り作戦に夢中になっている政治屋(と我々大衆=選挙民ともいう)に効率的な経済(産業育成)•財政政策を期待する気にはなりません。


前置きが長くなりましたが、コンキチが重要と思う政策は次に二つです。

一つ、国防
一つ、教育

で、今回は教育に関して書きます。

各政党、教育政策なるものをマニフェストに掲げてきましたが、自分的にはかなりガッカリです。まあ、政治家になる人の多くはエスタブリッシュメントだから(偏見?)かもしれませんが、貧乏人の気持ちが全く分かっていないような気がする。なので、貧乏人の家に生まれたコンキチ的には殆ど評価できませんね。

ここで、貧乏少年だったコンキチの考えを軽く述べさせてもらいます↓

ズバリ、究極の教育政策は

国(公)立大学の学費をムチャクチャ安くする

ことです。

コンキチが大学に入学した時分は、国立大学の入学金は二十数万、年間の授業料は四十数万で、私大よりはけっこう安いものの、かなり高くなっていた。貧乏人の家に生まれたコンキチは、当然私大への入学は不可能(だから受験しなかった)、国立大しか選択肢がなかった。しかも、浪人なんて論外だ(因に、合格後も住居は月6千円(食費抜)くらいで生活できる寮生活)。

なので、比較的廉価に高等教育を受けれる国立大の存在は、勉強(していい職に就いて経済的にそれなりに裕福になること)への猛烈なインセンティブになった(といっても言うほど勉強しなかったので二流国立大にしか入れなかった)。

まあ、腐っても国立大(の大学院修士課程)を卒業したので、おかげで今では三十代半ばで、今年の見込み年収は700万超で、少なくとも経済的に中流以上にはなれていると思う(育ちは悪いけどね)。


ハッキリ言って、教育の機会というのはチャンスだ。もし、公平に教育の機会が与えられたとしたら、貧乏人は下克上するチャンスが猛烈に高まる。

よってコンキチは国立大の授業料を限りなく安くすることを切望します。あと、私大はそんなこと全くしなくいていい。私大生への経済的支援は全く必要ないと思います。だって、バカだ大学に行ったって箸にも棒にもかからないんだから金の無駄。早大とか慶大とか理科大とかいい私大もあるけど、そんなところは金持ちの子弟が行けばいい。貧乏人は無理して私大に行く必要はないんだ。


そんなふうに思いますね。貧乏人の家に生まれた人間としては。このブログに書いたようなことが貧乏人の子弟のインセンティブを喚起すると思うな。
(っていうか、カタカナの訳分かんない学部•学科とかあって、AO入試とかいう意味不明な選抜方式を過分に採用しているバカだ私立大学って存在価値ゼロでしょ。大学(カタカナ学部•学科)は学徒の社に戻るべきだ。象牙の塔と揶揄されていた時代が懐かしい。)

貧乏人にとって、


教育は究極の錬金術だ


少なくともコンキチはそう思います。

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