とある化学の超ガテン系

実験嫌いの実験化学者が綴る企業の研究員の日常 (このブログはMac OS Xに最適化されています)




Sunday, March 13, 2011

Earthquake 2011

とんでもないことが起こってしまった。

関東大震災を超える未曾有の規模の大地震に襲われ、ボクの田舎は地獄絵図の様相を呈している。もともと「涙」なんていうセンチな体液を簡単に分泌するようなWetな人間ではないけれど、感応度逓減性が働いて、もう殆ど悲しみさえ感じないような気がする。

はっきり言って、両親には全く連絡がとれない。地元の親類や知人の何人かは死んでしまったかもしれない(ボクの母校(高校)は山の上にあるから無事で、避難所になっているらしい)。

それに加えて、福島の原発の動向が気がかりだ。素人だから良くわからないけど、予断を許さない切迫した状況には違いない。放射性物質の大規模な拡散だけは避けて欲しいと切に思う。

ところで、地震発生の時刻、ボクは東京の研究所にいたんだけど、水浴の水がバシャバシャ飛び散る様をみたときは、軽く「死」っていう言葉が頭をよぎったな。3歳の頃、宮城県沖地震を経験したボクは地震には幾分自信があったのだけれど、そんなものはあっという間に吹っ飛んだ。

避難解除後実験室に戻ったら、幸いなことに水浴の水とオイルバスの油が飛び散ったくらいで他に被害は確認されず(あと、水素のラインは電磁便が閉じた)、事業所に設置してあるNMRもクエンチした様子はなく一安心といった感じだった。
(ショートカラムかけて、2Lのナスフラスコで受けてたんだけど、意外と大丈夫だった)

まあ、これだけ大きい揺れだったから、交通機関は完璧麻痺だろうと予想して会社に泊り、やれやれといった感じで軽く宴会モードでテレビをみていて、東北ではとんでもないことになっているということに気がついた。

テレビで繰り返し流される残酷ショーを目にして、ボクの悲しさを感じるスイッチは完全に吹っ飛んだ気がした。ボクの中学の同級生や高校の友達の多くは地元(県内)に残っている。昨夏同窓会をやったばかりだ。彼等彼女らの顔が脳裏をよぎった。ただ唯一、地震発生が昼間だったことだけはラッキーだったと思った。

カタストロフは常に一瞬で、それに続く苦しみは長いスパンで続く。これから日本の国力が試されるのだろうと思う。

とりあえず、ボクは明日出社して通常通り実験に励む予定です。他にできることも思いつかないし。


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